ある日系人青年の死④(終)

震災の年か、その前年くらいだろうか。待遇が良くないながらも真面目に某NPOで働いていた小杉氏は、20代の終わりに差し掛かっていた。同僚の女性と付き合いだしてから2年ほど経ち、結婚願望の強い彼は具体的に結婚を考え始めた。



当時、彼女と結婚式場を巡る彼を同じく結婚願望の強い弟が羨ましがっていた。



私🐷「小杉さんももう28か9だもんね。あなたはまだ結婚しないの?」



弟👨「僕も彼女も25歳なので、まだ早すぎるから3年待ちなさいと向こうの親御さんに止められました……」



私🐷(女性側から【若すぎる】を理由に延期されるって珍しいよね。延ばせばもっといい男が現れると思われてるよ💧)



この時の会話から、小杉氏はとうに結婚していると思っていた。だが、この彼女とは結婚せずに別れたのだった。小杉氏の収入が低いこと、日系人であることが彼女の親には気に入られなかったのだ。



その話を聞き「収入が低いというが、彼女だって小杉氏の同僚だし同じ位の金額ではないのか💢💢日系人家系にしたって、二人の勤務先は外国人差別の啓発のためのNPOなのに意識が低すぎる……💢」と他人様のことながら腹が立った。



いずれにせよ彼女と別れてから、もともと多かった小杉氏の酒量は更に激増していった。しかし彼はまだ若く、長らく健康体だったので心身に不調が現れてもなかなか病院へは行かなかった。



いよいよ体調が悪くなり、通院し始めた時期には取り返しのつかない病状になっていたという。



今にして思うがいつの時点なら、公的なサポートや大人からの精神的な援助で小杉氏を助けられたのだろう。



中学生で来日した時?大学進学ができなかった時?20代前半で転職していれば違う展開があった?



彼の両親は自分達も慣れない日本で、むしろ長男である彼を頼っていた。彼はまだまだ子供の頃から、親に甘えて頼ることが出来なくなったのだ。



日系人や外国人児童へのサポートは90年代当時は充実していなかった。いや、現代も激増する児童数に対応できていないのだが。



高等教育や心理学のプロからの、助言や見守りがあれば。……今更、後付けで考えても仕方がない。



享年は35歳か6歳だろうか。私は彼の誕生月を知らない。弟の友人で、たまに家に遊びに来る子。その程度の関係性だからだ。



彼と同い年の私は自分のことを35歳から「中年」だと認識している。だが30代半ばの死は、中年男性の死というにはあまりに若すぎる。



今回初めてその死を知って彼のことを想起してみたが、私が思い出せたのは20歳になるかならないかの少年と言ってもいいような姿だった。



よく話を聞いてはいても、それ以来実際に見かけたことはなかったのだ。少年の姿で覚えているから、余計に痛ましく感じるのかも知れない。



親しくもなかったし、もう少し接点があったとしても彼の人生の何かが変えられたような力が自分にあるとは思えなかったが……それでも自分の無力さを感じながら私は帰路についた。(了)