実録・次々と宗教やマルチにはまる親⑭恋の爆弾・グッバイマミー

私がボーダーの酷い症状を発症し、2人の男性に数々の加害を行った大学時代…


今回は、簡略に報告書形式でお届けいたします😉大サービスでボダ女(男)を避けるためのポイントも書いちゃう!!きっと婚活や友活にも役に立つよ♥


【ケース①】

⬛被害者 大学の同級生、大杉廉(仮名)氏 

⬛加害者に気に入られた経緯

専攻分野が近いため、加害者キサラギ豚子とペアで研究することになる。加害者の薄幸そうな外見や暗い性格に同情し、口頭やメールで励ますという愚行を行ったため。

⬛具体的な被害

彼女でも無いのに半年以上に渡り、毎日「元気?」「今日は就活どう?」等どうでも良いメールを送られる。その間彼女が出来たがそれを加害者に黙っていたため、ブチ切れた加害者に「騙された」「女たらし」等、悪口を言い触らされる。

⬛どうすれば被害を避けられたのか?

知り合ってすぐに、親しくもない人間に重い身の上話をするような奴は地雷💀全力で避けよう。
仕事などで関わりが避けられない場合は、会話やメール、LINEは必要な内容のみにして、依存できない冷たい人間だと思わせよう!!



【ケース②】


⬛被害者、他大学の学生 狩野栄光(仮名)氏 

⬛加害者に気に入られた経緯

友人に誘われた合コンで加害者に出会い、趣味の話が合ったため数回のデートの後に短期間交際。

⬛具体的な被害

過去に何年も前から片思いしていた女性がいたが、その話をすると加害者からキレられる。女性を下に見た発言が多く、それに対しても加害者は頻繁にぶちキレ💢撤回を求められる。


デートの店が毎回自宅近くのマックや激安の居酒屋で割り勘(加害者を30分以上かかる場所遠くへ呼び出して割り勘)であること。また、ソファ席に座ることを加害者から共通の友人に愚痴られる。


就活中だった加害者の鬱が悪化し、デートのドタキャンをされる。そのまま短期で自然消滅。


⬛どうすれば被害を避けられたのか?

ケース①と違ってこれ、被害者も同情できないところが割とある気がするんですが…💧
人間関係のマナーや気遣いの基準が大きく違う相手とはうまく行かないってことですね。


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このように21~22歳の間にかけて私は二人の男性にボダ行為を繰り返して精神的に痛め付け、自分もボロボロになりながらも一方で卒論を書き、就職活動を行っていた(無駄にパワフル💧)



2003年の初夏。空前の不景気の中、アジア新興国と取引の多い、小さな専門商社に内定を貰えた。



年末。卒業後には千葉県に戻って実家から通勤するように、と父から不幸のメール✉💀が来た。勿論、実家に戻る気は皆無だったが伯母の家に住み続けるわけには行かない。



私は大学卒業後に住むマンションを探し始めた。
しかしバイト代では敷金や礼金がとても捻出できず、悩んでいた。そんな時、学食で愚痴る私に同じサークルの女子、ソナが声をかけた。



ソナ👩「豚子ちゃんさ、私と住まない?妹と2DKに住んでたんだけど、妹が留学でカナダに行って、一人で家賃払えないのよ。」



私🐷「ホント!?すごく助かる。」



ソナは私と正反対の派手な女子なので敬遠していたし、話したことも数えるほどしかないのだが、今は経済的に逼迫しているから背に腹は変えられない…



だが、同居を始めると意外にもウマ🐴が合い、私とソナは親友になった😊



卒業式が終わったある一日、私は実家に帰った。もう二度と実家には住まないので、自分の荷物を全て処分するつもりだった。



服や本は高校以前のものだから今後使わないかな、廃棄しよう。と殆どを捨てる。すると、押し入れから5冊にも及ぶ幼少期のアルバムが見つかった。



母は弟を溺愛していたが、弟より私の写真の方が遥かに多い。この頃は写真に凝っていたのだろうか…



母🐍「あらためて見ても、あんたって小さい頃から不細工ね。他の子と全然違うわ」



気がつくと、母が横に嘲けるような笑いを浮かべながら立っていた。


母🐍「昔から、鹿男や兎子と違って、あんたを可愛いと思ったことは一度も無かった」



私は立ち上がり、自分より小柄な母を見下ろした。


私🐷「別に今更、あなたにどう思われても構わない。子供の頃はいつかあなたが、友達のお母さんみたいにまともになると思ってた。でも、もう高校の頃には諦めてたよ」


母は衝撃を受けた顔になり、無言だ。どうして、さっきのような発言をしておいて、私が言い返すと被害者ぶるのだろう。



これまでに一度も、自分の言動で私が怒ったり傷つくとは思わなかったんだろうか。



私🐷「もう、あなたに人生で2度と会うことはありません。さようなら。」



ドアを開けて出ると、母が「待ちなさい!」と叫びながら追いかけてきた。


怒りのあまり咄嗟に出た言葉だったが、本当に母にもう2度と会わなくても構わない、と思った。



私はバッグと小学生時代のアルバム一冊だけを持って、ソナの家に戻るために駅に向かうバス停まで全力で走った。(続く)